◆ そして、男は苦労する(3) ◆

by SAKURA

 

次の朝。
研究所内の食堂でコーヒーを飲んでいるジュンを見つけて、朝倉が駆け寄ってくる。
「ジュンさん!おはようございます!!」
「朝倉くん・・・声大きい・・」
ジュンはこめかみを押さえて言う。朝倉の声がガンガン響く。
「どうしたんですか?体調わるいんですか?」
「ううん。そうじゃないの。ただ、寝不足で・・・。昨日、あんまり寝てなくって・・・」
そう言って、目を上げると、朝倉と一緒に由梨もいた。
「あら。おはよう」ジュンはにっこり笑って由梨に挨拶する。
「おはようございます」
由梨も頭を下げて挨拶する。
そして、二人、ジュンの向かいに座る。
「大丈夫っすか?」朝倉が心配そうに覗き込む。
「大丈夫よ。もう少ししたら、頭もハッキリしてくるわ。
それより、朝から一緒なんて、ホント仲良しね」
からかうように、そう言う。
「そうだ!ジュンさん、スミマセン!!」
そう言うと、朝倉は、ガバッと頭を下げる。
「な、何?」
ジュンはビックリして頭を下げている朝倉を見る。
「別に、仲がいいのが悪いなんて言ってないわよ・・・」
「そうじゃなくって。
こいつ、所長になんか変な事を言ったみたいで・・・。ホントすみません!!
こいつバカなんです。もぉ全然気にしなくっていいですから、仕事もバンバン入れてください」
「えっ?朝倉くん、休暇欲しくないの?」
"えっ?"
ジュンにそう言われて、朝倉は下げてた頭を上げてジュンを見る。
「もう、スケジュール組みなおしちゃった。
昨日、徹夜で考えたのよ。大変だったのに・・・そうか。休みたくない人もいるのね・・・」
「い、いや・・・そういうわけじゃ・・・」由梨に睨まれて、朝倉は慌てて否定する。
「・・・いいんですか?本当に?」
そして、もう一度、確認する。
「いいか悪いかは、ほかのスタッフにも聞いてみなきゃわからないけど・・・。
多分、みんな大喜びすると思うわよ。由梨ちゃん、みんなに感謝されたでしょう?」
「はい!」
「お、おい」朝倉は、慌てて由梨をたしなめる。
「ジュンさん、それって、スタッフの人たちがダメって言ったら、今回の休暇はナシってことですか?」由梨が心配そうに聞いてくる。
「そうね。スケジュール的には、厳しくなるわけだから、みんなの承諾を得られないと、ちょっと難しいでしょうね」
「それ、困るんです」本当に困るという表情で、由梨はジュンを見つめる。
「そういわれても・・・こればっかりは、ね。
なぁに?もうどこか予約を入れちゃったとか?」
「いえ。私達じゃなくって・・・。
所長にはちゃんと休暇を取って貰って、ジュンさんと温泉に行って貰わないと、私達、困るんです」
温泉と聞いてジュンはビックリする。
「鉄也ったら、温泉に行くことまであなたに言ってるの?」
「あ、いえ・・・」由梨は、一瞬"しまった"という表情をする。
「いえ。所長はそんな事、私達には言わないです。でも、わかるんです」言い辛そうに由梨は、言葉をつなげる。
「だって、嬉しそうに温泉のパンフレット見てたり、私達に、どこの温泉が良かったか、なんて聞いてくるし・・・」
「そ、そうなの・・・」ジュンは思わず苦笑いする。
「今回の、休暇だって、朝倉くんは私のせいだなんて言ってるけど・・・。絶対、ジュンさんの為ですよ。一緒に休暇取るのは秘密だぞって念押しするし・・・」
「その秘密をここで言ってていいのかよ?」朝倉が口を挟む。
「ははは、いいのよ。これだけ大きなプロジェクトが同時に終わって秘密も何も・・・そんな事、思ってるのは鉄也だけなんだから」
「ですよね」由梨も大きく頷く。
「おい」横から、朝倉が由梨を突付く。
「あっ・・・ごめんなさい」
「いいわよ」クスクス笑いながらジュンが答える。
「でも、私の為っていうのは考えすぎよ」
「でも・・・私の話を聞いた時も、そういや俺たちも・・・って。
だから、今回の休暇は、絶対、ジュンさんの為ですよ」
「ははは、それはないわよ」ジュンは笑って否定する。
「温泉だって、別に、私と・・って訳じゃなくって・・・鉄也も最近、忙しかったし、温泉でゆっくりしたいと思ったんじゃない?」
「そんなことないです!」
「それはないっすよ!」
由梨と朝倉、両方に同時に突っ込まれて、ジュンはちょっとビックリする。
「男一人で温泉に行って何が楽しんですか?」あきれたように朝倉が続ける。
"確かに・・・"とジュンは思う。"でも、考えたら、男と女で行っても楽しくないわよね。結局、一人で入らなきゃいけないわけだし・・・。"
「だからっ、ジュンさん、絶対、所長と一緒に温泉、行って下さいね!
じゃないと、ホントに私達、困るんです」
「どうして?由梨ちゃんと朝倉くんが困るの?」
「私と朝倉くんじゃなくって、私達セクレタリーが困るんです」
そう言われてもジュンには、よくわからなかった。
「だって、所長がこんなに楽しみにしてて、もし行けなかったら・・・。
どんなに機嫌悪くなるかって考えただけで、私達・・・」
「え?」
「所長、ジュンさんと会う予定がダメになった次の日なんか、すっごく機嫌悪いんですよ。私達、こわくって・・・」
「そうなの?」鉄也がどんな態度を取っているのか心配になって、思わず身を乗り出す。
「あっ、別に、怒鳴られるとか・・・普段より厳しくなるって訳じゃ、全然、無いんです。
仕事は普段と一緒なんですけど・・・」由梨は慌てて弁解する。
「でも、なんていうのか、こう・・・今日の俺は機嫌が悪いぞっ・・・っていうオーラが全身から漲ってて・・・声掛けるのもこわくって・・・」
「そうなの・・・」ジュンには、その状況が目に浮ぶようだった。"もう、鉄也ったら"溜息をついて、心から由梨に謝罪する。
「ごめんなさいね」
「いえ・・・そんな・・いいんです」由梨はプルプルと顔を横にふる。
「私たち、ジュンさんにはいつも助けて貰って感謝してるんです」
えっ?ジュンには助けた覚えはなかった。
「だって、どんなに機嫌が悪い時でも、ジュンさんは所長に普通に話し掛けられるし・・・。」
それはそうでしょう・・とジュンは思う。鉄也の機嫌をいちいち気にしてたら、まともに話も出来ない。そこら辺は慣れたものだった。伊達に長年付き合ってるわけじゃないのだ。
「ジュンさんが話し掛けると、所長の雰囲気が柔らかくなるんですよね」
鉄也も、慣れない所長職でピリピリしているのかも知れない。とジュンは思った。
「それに、ジュンさんが帰った後って、所長の機嫌も直ってるんです。ジュンさんの力って偉大だなぁって私たちいつも話しているんです」
「そ、そぉ?」ジュンは照れてそう答える。
でも、自分と話している時の鉄也が、いつも機嫌がいいとは思えなかった。
「そうかしら・・・。でも、よくケンカするわよ、私たち」
「そうですよっ。あれ、困るんです。私たちが、どんだけドキドキしてるかっ」
「あ、そうなの?・・・ごめんなさいね」由梨の勢いに押されて、ジュンは思わず謝っていた。
「ちゃんと、責任とって帰ってくださいね。ちゃんと仲直りしてから、帰って貰わないと・・・」
そんなこと言われても・・・とジュンは困ってしまう。ジュンだって好きでケンカしてるわけではないのだ。
「そ、そうね。気をつけるわ。鉄也にも、よく言っておくわね。みんなを恐がらせないようにって」
「あっ、それダメです。所長には、そんな雰囲気を漂わせてるって自覚がないですもの。
大体、所長は、自分はクールで感情を表に出さないって思ってるみたいですけど・・・全部、わかちゃうんですよね。ジュンさんと会えなかった次の日とか・・・会えた次の日とか・・・。そういうとこ見てると、かわいいなって思うんですけど・・・」
"かわいい"・・・あの鉄也が"かわいい"・・・ジュンは軽いショックを受けて、由梨を見つめる。
「・・・でも、こわいの?」あの鉄也を"かわいい"と言う由梨が、本当に鉄也を恐がっているのだろうか?ジュンは不思議に思って聞いてみる。
「恐いんですっ!ただ見てるのと、話し掛けるっていうのは、全然、別なんです」
そういうものかしら?でも、別に鉄也だって鬼ってわけじゃないんだから・・・。話しかけられたくらいで、怒鳴ったりしないわよね。ジュンは少し鉄也に同情した。
「朝倉くんもそう?鉄也って恐いかしら・・・」
「いや、おれは所長と話す機会なんてないですから・・・見ただけで緊張しちゃいますよ。
でも、そうですね。なんていうか・・・こう迫力ありますよね。所長って。歩いてる時、周りの空気も一緒に引き連れてるっていうか・・・」
それって、凄みがあるってこと?・・・ジュンは頭を抱えたくなった。
そんなに鉄也は恐くもないし、そんなに凄くもないわよ。
「ジュンさん、本当にジュンさんと所長はラブラブなんですよ。わかってます?さっきの温泉の話聞いてると私、心配です。大丈夫ですか?」
そう聞かれても、ジュンは困ってしまう。何が大丈夫なんだろうか??
「知らないところで、所長のこと怒らせてません?」由梨が覗き込む。
そんな事、聞かれても・・・っ。
「ジュンさんだけが、頼りなんですからねっ。
ジュンさんとのホットラインが一番欲しいのは、私たちなんですよ」
「そ、そう・・?・・困ったことがあったら言って貰ったら・・・私に力になれることだったら・・・」由梨の視線に追い詰められて、ジュンは答える。
「本当ですか?」由梨が体を乗り出す。
「もちろん」ジュンはにっこり笑う。
「あっ、そう言えば・・・昨日は、ちゃんと会えました?」
「ええ。・・・あ、ケンカしちゃったけど・・・」いたずらを見つけられた子供のように、ジュンは小さく答える。
「ええぇ?ほんとうですか??」
「でも、ちゃんと仲直りしたから、大丈夫よ」多分・・・と心の中で付け加える。
「そうですか・・・じゃあ、今日はご機嫌ですね」
「え?ご機嫌かどうかは、わからないわよ・・・」朝出て行く時は、いつもと同じだった。別に、機嫌がいいって訳ではなかった。
「大丈夫です。ご機嫌に決まってます。私、先に行きますね。みんなに伝えなきゃ・・・」
そう言って、由梨はバタバタと立ち去って行った。
「・・・朝倉くんの彼女って・・・手厳しいわね」由梨の立ち去った後を見つめながら、ジュンがポツリと呟く。
「そうなんです。すみません。生意気なヤツで・・・」
「あ、ううん。私、好きよ。ああいう子」
それにしても、と思う。どっかで会ったことがあるような気がするのよね・・・ああいうタイプ。
あの鉄也をビシバシ切っていくあの口調・・・確かどこかで・・・。
「あっ!」"さやかさん!"ジュンは心の中で叫ぶ。
「どうかしましたか?」朝倉が聞く。
「ううん。何でもないの」
そうか。さやかさんだわ。でも、さやかさんだったら、鉄也の機嫌が悪いからって恐がったりしないわよね。鉄也がそんな顔してようものなら"鉄也さん。何、まわりを威圧してるの?そういう態度は迷惑よっ"くらいは言いそうである。
それを思ってジュンは一人で笑ってしまう。
「何、一人でにやにやしてるんですか?」
「ごめん、ごめん。何でもないの。
でも、私、由梨ちゃんとは仲良くなれそうよ」
「えぇーーっ。いいっすよ。あんなヤツと仲良くならなくっても」朝倉は照れくさそうにそう言う。
"かわいいわね。照れちゃって・・・"
「それよりもオレ、ホント頑張って働きますから。あいつの言う事なんか気にしないで下さい。休暇もいらないですからっ」
「だから・・・休暇は、みんなに聞いてみないと・・みんなは喜ぶと思うわよ。
朝倉くんだって、本当は嬉しいでしょう?」
「そりゃあ・・・でも、働きたいのも半分、本当なんですよね・・・」
「どうしてそんなに働きたいの?」
「だって、オレ、今が頑張り時だと思うんです。ここで頑張っとかないと・・・こんなチャンスそうそうないだろうし」
「そうね。でも、大丈夫よ。朝倉くんのその気持ち、ちゃんとわかってるから」
「本当ですか?」
「本当よ。だから、しっかり働いて、しっかり休暇を取りましょう。
大体、休暇っていっても3ヶ月も先なんだから、それまでは、嫌って言うほど働いて貰うわよ」
「もちろん!頑張ります!!」朝倉が元気よく答える。
"本当に、男の人ってどうしてこう仕事が好きなのかしら・・・"
そんなことを思いながらも、ジュンは3ヶ月先の休暇のことを思ってワクワクした気分になっていた。
"そうだ。温泉、さやかさん達も誘ってみよう"ジュンは心の中で手をたたく。
"だって、一人で温泉に入ったって、つまらないもの・・・
それに、鉄也だって、一人で温泉に入るより甲児くんと一緒に入った方が楽しいわよね"
休暇は1週間もあるのだ。さやかさんたちと一緒に温泉に行って、帰ってきたら、鉄也とゆっくり過ごす。
そう思うとジュンは、一層ワクワクして来た。
"さやかさんと温泉なんて初めてよね。さやかさんたち、休み取れるかしら・・・むずかしいわよね・・・でも、ダメで元々だもの、聞くだけ聞いてみよう"
早速、昼休みにでも、さやかさんに連絡とって・・・とジュンは一人着々と計画を立てていく。
その頃、鉄也は、いつもより早く研究室に入っていた。
温泉(各部屋露天風呂付き)のパンフレットを目の前に、ガンガン仕事をこなしてやるぜと張り切っていた。
果たして、鉄也の努力は報われるのか?そして、二人きりの温泉旅行は実現できるのか?
どうなる、どうする鉄也???

〜 続く(?) 〜

 

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